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スポーツと経営:リオ・オリンピックを考える


 

リオ・オリンピックが終了し、静かな日々が戻ってきた。しかしまだ興奮冷めやらず、数々の名場面が思い出される。すべてが素晴らしかったと言えるが、その中で特に印象に残る場面は何かということが時々話題になる。甲乙付けがたいが仕事柄注目したいのは柔道の全階級メダル獲得の快挙だ。個々の選手の活躍はもちろんだが、ここに至る過程での井上康生新監督率いる新体制の経営手腕に注目したい。

スポーツでも会社の経営でも、期待される結果を出すために個々の選手の力量が問われることは当然だが、その力量を発揮させる環境作りが如何に大切かということを、今回のオリンピックでは強く感じさせられた。多分他のスポーツでも同じことが言えるし、実際には良い成果を出した種目は同じことが行われていたと思うが、その典型としての柔道を題材に、企業経営と比較しながらその優れていたと思わる点を振り返ってみたい。

色々な報道がされているが、ここでは8月14日付の日経新聞「輝く12個 王国再び」を中心に引用させて頂く。まずその小見出しがその全容を示している。「新体制で男子奮起」「強化策が奏功」。出発点として、良い選手が居ればメダルは取れると考えるのは間違っていることを今回のオリンピックは示してくれた。良い選手が居ながらメダルを逃したという例は枚挙にいとまが無い。逆に期待していなかった選手がメダルを取ることもある。しかし今回の柔道のように全階級でメダルが取れたということは、その過程で今までとは違う何かがあったことは間違いない。これは企業経営と同じではないだろうか?「社員が良ければ業績が上がる」「戦略の前に人材」というような声をよく聞くが、果たしてそうだろうか?経営の力をあまりにも軽視したこのような発言を聞くと、それでは経営者は何のために存在するのかと問い返したくなる。今回の快挙はそんな安易な考え方を覆してくれる良い題材を与えてくれたと思っている。

では具体的にどんな点が優れていたのか?日経新聞によれば「要因は前回金メダルゼロだったロンドン大会からのV字回復を遂げた男子の奮闘に尽きる。英国留学経験のある井上監督は2013年以降様々な手を打った。それは練習が出来なければ帰れという厳しさ一辺倒だった篠原信一前監督時代へのアンチテーゼと言っていい」と書いている。前監督には大変厳しい言葉だが、その後に井上監督の具体的に取った対策が並べられている。「言葉で選手を動かすモチベータ―としての側面」も指摘しているが、注目したいのはその具体策の中身だ。経営の議論では良く経営者の人間的側面に注目することが多いが、置かれた経営環境の中でどのような策を講じるか、その時どのような視点が重要か等の経営の基本的なアプローチを軽視した人間論では、結果が期待できないことは明らかであろう。前監督の厳しさは一つの典型であるが、良い結果を出すために厳しくあるべしというのは一つの考え方であるが、経営的視点を欠いた厳しさでは結果が望めないのである。

日経新聞によれば「全階級で画一的だった練習メニューも、軽量級や重量級でそれぞれ必要な内容に改めた。ロンドン大会の前は勝った手柄は自分のもので、勝てなければ所属先のせいにする。あんな代表チームなんて負ければいいと、大学指導者が言い放つほどゆがんでいた」とある。企業経営の世界でも時々見られる状況である。営業は売ることが使命であると信じ込んで、ただただ営業社員の尻を叩くことだけが売上向上の最善策であると思い込んでいる経営者。製品・顧客・市場環境等々同じ売ることを考えても様々な要素があり、それにどう対応して行くかの方向付けが無ければ、営業社員もどう頑張れば良いか見当がつかない。自分の行動が結果にどう結び付くか見えない世界では、結果が出れば自分のもので、出なければ他人のせいと考える方向に導いているのと同じである。経営者として本当に自分の会社の製品なりサービスなりを売って欲しいと考えるなら、その製品・サービスが何故売れるのかを考え、売るための体制から考える必要がある。営業は売ることが使命であると単純に言い切れるのか?営業の仕事とは一体何をすべきなのか、原点に立ち返って考えるのは経営者でなければできない仕事である。経営用語で言えば組織設計・職務設計であるが、こんな基本的なことが忘れられているのが、現実の経営の世界である。柔道の世界で井上康生監督が手を付けたのはまさに、選手が勝つためにやるべきことを原点に返って組みなおした点にあるのではないだろうか?ただ練習の量をこなすのではなく、どういう練習が勝利につながるのかを考えた練習が必要だったのである。素人目にも軽量級と重量級が同じ練習で良いとは思えない。コモディティ商品を売るのと、プラントを売るのとが同じやり方ではないのと同じである。

LinkedInにVirgin Groupの創設者であり会長であるRichard Branson氏の記事が出ていた。彼もスポーツの大ファンである。彼自身が昔から様々なスポーツをやり、現在もテニスを続けている。その彼がスポーツ選手の自制心と意志の強さが企業家のそれと通じると書いている。彼自身スポーツを通じて学んだことが自身のキャリアに役立ったと言い、いろいろなことを学んだと書いている。特に「前のミスは忘れて、次の挑戦に向かうこと。テニスもビジネスも動きが早く、過去に拘っていると、その瞬間に機会は失われてしまう」、そして「スポーツ選手は素晴らしい企業家になると信じている」と言っている。スポーツと企業経営に多大な共通点があるとは、大変示唆に富んでいる言葉だ。柔道界もロンドンでの失敗を忘れて、リオでの挑戦に成功した。この次東京でどのような挑戦をしてくれるのか大変楽しみである。

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