前回は生き生きと働くためには安定的な経済基盤が必要であり、それを提供できる制度とはどのようなものかを考察しました。そこでは、給与と言う金銭的な報酬に絞ってみてきました。今回は、金銭以上に社員のやる気に影響を与える、非金銭的な報酬を考察することで、社員が生き生きと働くことのできる、精神的な充足をも考慮した制度とはどのようなものかを見てゆきます。
会社が社員に提供するもの全てを報酬と定義すると、報酬には金銭報酬と非金銭報酬の2種類があることになります。金銭報酬の代表的なものは、前回のテーマであった給与を筆頭に賞与や手当、そして、金銭換算が可能と言う意味で福利厚生制度や退職金制度です。一方、非金銭報酬とは、報酬のうちの金銭報酬以外のすべてを含みます。これを大きく分類すると、①学習・能力開発の機会の提供、②昇進・昇格 ③賞賛、④仕事、⑤就労環境/企業風土などとなります。
①学習・能力開発の機会の提供とは、研修制度やキャリア形成に関する制度、たとえば第6回でご説明したキャリアプラン制度などを提供することです。②昇進・昇格も、社員の貢献にきちんと報いて精神的な充足を与える報酬の一つと考えることができます。③賞賛は、会社の制度としてなんらかの表彰制度を通して社員に賞賛を与えることもありますし、また、上司からの直接の賞賛も、部下の側からすると大きな報酬の一つとなります。④仕事を報酬と見るのに違和感の有る人がいるかもしれませんが、実はこれも大きな報酬の一つです。責任の有る仕事を任される、チャレンジングな仕事をする機会を提供される、自分のやりたい仕事をやらせてもらえる等々、社員のやる気に金銭よりも大きな影響を与えることが各種調査で明らかになっています。最後の⑤就労環境/企業風土は大きな概念でかなりたくさんのことが入ってきます。例えば、意見を自由に交換することができるオープンな企業風土、同僚との良い人間関係など、会社の状況によって色々ですが、本連載のキーワードである少子高齢化時代に向けて、社員が生き生きと働いている会社として選ばれるために避けて通れないのが、ワークライフハーモニー(仕事と私生活の調和)とダイバーシティ・マネジメント(多様な人材の受容)です。このどちらもが、精神的な充足と言う点で非常に重要な考え方です。
ワークライフハーモニーやダイバーシティ・マネジメントを考慮して制度を組み立てる場合、福利厚生的なハード面の充実から入る会社が多いのが現状です。例えば、託児所の建設や妊婦特別休暇制度などといった子育て支援施策を提供する、ノー残業デイや勤務時間短縮等の就労時間の自由度の拡大等が代表的です。これらハード面の充実はもちろん非常に重要ですが、それと共に、これから組み込んでいかなくてはならないのは、ソフト面の充実です。つまり、ハードを使う人の側の意識転換が大きな鍵を握ってくるということです。
会社として、ハード面の整備をいくら進めても、それを使う人の考え方が変わっていない限り、それらのハードは使用されない可能性が大きいのです。例えば、男性社員が子育て休暇の申請をしたら、上司から査定に響く、将来の出世に響くよといわれて、申請を取りやめたなどといった事例が新聞等で報告されています。これでは、とても社員が生き生きと働いている会社など望めません。社員の意識転換はすぐに実現するものではなく、長期的な視点で取り組んでゆかなければならない大きな人事課題です。したがって、いまからすぐにでも、取り掛かることが必要な部分と言えるでしょう。
これらの非金銭報酬のどれをどのように自社の人事制度に組み込んでゆくかは、第4回にお話した人事制度構築の出発点である人事戦略を練り上げてゆく際に、考慮しなくてはならない事項となります。社員が経営戦略実現に向けて、生き生きと元気に働くには、金銭報酬と非金銭報酬をどのようなバランスで、何が必要なのかを人事戦略として明確にしておくことで、精神的な充足をも考慮した人事制度を構築してゆくことができます。
今回は「お金のみならず、精神的な充足をも考慮している」制度を見てきました。以上で、2つのキーワードとそれらが要求する人事制度の6つの基本要素、そして、その基本要素を備えた人事制度の全てを考察しました。次回は最終回として、これまでお話してきたことを統合して、これからの日本に必要な人事制度をまとめてみたいと思います。