トランプ政権の新政策と人事上の課題
- 秋山 健一郎
- 4月30日
- 読了時間: 5分
コラム記事は昨年12月に書いてから大分間が空いてしまいました。健康には自信があったのですが、秋に検査で貧血と診断され、最終的には年末に入院・手術となり療養生活を3~4ケ月続けていました。人生にはいろいろなことが起こるものだと、改めて思い知らされました。その間世の中の出来事を人事の視点から眺めていましたが、年明けに就任したトランプ政権により矢継ぎ早に様々な新政策が打ち出され、世の中は騒然となり人事的な話題は消し飛んでしまったという感じでした。
その中で1月20日就任と同時に出された大統領令に「Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs And Preferencing」があり、これからの企業経営に大きな影響を与える人事関連の課題として注目を集めました。労働政策研究所・研修機構の「トランプ政権の発足と大統領令 ―多様性推進方針の撤回など」によると、次のような記述がみられます。「近年、米国ではDEI推進の考え方に基づき、女性や非白人らのマイノリティを積極的に採用・登用する方針を採る企業に対して、保守派や白人男性労働者らが『逆差別』だと批判する動きが高まっていた。2024年以降、ウォルマートやターゲット、マクドナルド、フォード・モーター、メタ、アマゾン・ドット・コムなどの企業がDEIの取り組みを撤廃・縮小させている」。大統領令の中では「1964年公民権法第7編に違反する可能性があると指摘。すべての米国人の機会均等を支える基盤である同法の施行を確保する観点から、DEIによる違法な差別をなくし、実力本位の機会を回復する」と強調されています。日本では前バイデン政権からの圧力もありLGBT法案が成立する等の経緯を考えると、全く逆方向の政策が打ち出されたことで暫く混乱が続くと考えられます。
みのりHPに寄稿しているDavid Creelmanが2月号の記事で「Choosing between DEI and I&D」という大変示唆に富んだ内容を掲載してくれました。このような混乱した状況の中では企業人事に携わる人たちには大変参考になる記事ですので、改めてその内容に触れてみたいと思います。
アメリカにおけるDEIの歴史的な展開を見ると、当初は「最良の人材を得るためには当然」と思われたDEIの推進でしたが、近年はそれが行き過ぎていたようです。一部のオピニオンリーダーたちは「DEIが分断を煽りビジネスには良くない」とまで言い出し始めているとのことです。何故でしょうか?最初は単に「Diversity(多様性)」として始まったものが、いつの間にか「Diversity, Equity & Inclusion(多様性、公平性、包摂性)」となり、いつの間にか「Equity」という言葉が潜り込んできたことにあるとDavidは指摘しています。一見何気ない変化ですが、ここでの「Equity」は「Critical Theory(批判理論)」と呼ばれる研究分野に由来しているそうです。批判理論は、批判的人種理論を含む、幅広い影響を持つ理論群の総称です。批判理論は適用範囲が広く、「真実は存在せず、権力関係だけが存在する」と主張し、ある集団が別の集団を抑圧するという力学に深く根ざしていると主張します。批判理論の支持者は、しばしば資本主義の打倒を支持するとのことです。資本主義の打倒を目指す運動がビジネスにとって有害と見なされるのは当然ですが、アメリカでは多くのDEIプログラムが、憎悪と分裂を生み出してきたことも事実です。DEIに関連する人事プログラムの多くは、アプローチが穏健で、その意図は概して肯定的ですが、極端な実施が現在の危機の一因となっているようです。
DEIの「公平性」という要素には、過激で物議を醸す慣行が含まれており、「E」を排除してD&Iに戻ろうとする人たちも居ます。実際、世界最大の人事団体である米国SHRMは、DEIからI&Dへと転換し、「インクルージョン」という受け入れやすい用語を強調し、物議を醸す「公平性」という概念を除外しました。批判理論における公平性に関する考え方のすべてが過激なわけではありません。単に、これは難しく微妙な問題であるというだけです。ハーバード大学の公平性へのアプローチは、結果として少数派(アジア人)に対する差別につながりました。重要なのは、スローガンに基づいてDEIプログラムを実行することはできず、あらゆる影響を慎重に分析する必要があるということです。今後何が起こるのでしょうか?政治とビジネス界は、DEIに代わるI&Dに賛同しているように見えますが、DEI推進派と反対派の争いの行方は不透明です。
こうした状況の中、企業のほとんどの経営者・管理職は、公正で効果的な人事慣行を求めているに過ぎません。DEIとI&Dの選択が米国でこれほど激しい戦場となっていることは、歓迎すべき事態ではありませんが、世界中の管理職への同氏のアドバイスは、「従業員の間で、インクルーシブであること、帰属意識を育むこと、そして異なる文化や意見に適度に寛容であることについて、幅広い合意点があることです。組織は最高の人材を採用すべきであることに、ほとんどの人が同意しています。さらに、ビジネスとは基本的に、顧客が求める製品やサービスを提供することであるという点にも、ほとんどの人が同意しています。言い換えれば、ビジネスは政治ではなく、ビジネスであるべきなのです。これらの幅広い合意事項は、従業員に受け入れられ、組織にとって有益な人事政策を策定できることを意味します。組織はDEIとI&Dの選択から逃れることはできませんが、自らの現実的なニーズに合った価値観と実践を通して、独自の道を見つけることに集中することができます。」と締めくくっています。
日本ではまだ米国のような議論は起こっていませんが、Davidのアドバイスは傾聴に値します。人事に携わる人たちは、政治的な動きに惑わされることなく、より良い企業を目指した人事政策の策定を目指してほしいと思います。