最近は新聞・雑誌紙上で「ジョブ型人事」「ジョブ型雇用」という言葉を見る機会が増えました。しかし残念ながら「ジョブに基づく人事制度」には大きな誤解があると言わざるを得ません。都合の良い解釈に基づき、目の前の課題に場当たり的に対応するための苦肉の策として「ジョブ型人事」という言葉を使うケースが多く見られます。
本年1月28日、日経新聞電子版に「就業規則とジョブ型、整合性は 三菱UFJ信託は1社2制度」という記事がありましたので、改めて「ジョブに基づく人事制度」への誤解がどのようなものかを指摘したいと思います。記事によりますと「同社は4月からサイバーセキュリティ業務や外部ファンドを選ぶデユーデリジェンス業務、デジタル領域業務で「プロフェッショナルジョブ人事制度」を導入する。優秀な外部人材をキャリア採用しやすくするため、年収を最低1000万円、最高で2000万円超も可能にする」という内容です。そして「同行は2021年にも内外金融機関で人材争奪戦が起きていたファンドマネジャー向けに、ジョブ型の人事制度を導入した」ともあります。
そもそも人事制度とは何でしょうか?連載コラム「中小企業経営者のための人事制度」そして「人事制度は世につれ人につれ」でも述べているように、人事制度とは単に金銭的報酬だけではなく、非金銭的報酬を含めた、社員が安心して働くための総合的かつ整合的な体系であり、それを支えるのは会社の進むべき方向、会社の社会的存在意義であり理念です。
「ジョブに基づく人事制度」とは人事制度の拠って来る基盤が「ジョブ」(職務・役割)であり、そこに会社の進むべき方向・社会的存在意義・理念が明示されているという人事制度全体像を指すものなのです。社員が会社を選ぶとき、もちろん、給与の多寡は最大の関心事であるかも知れませんが、それが全てでないことは皆さんご存じの通りです。お金に換算できないその会社の風土・人間関係・教育機会等々様々なものを総合した結果として選択が行われます。それに応えるのが人事制度であり、「ジョブに基づく人事制度」というのはその基盤が「ジョブ」にある人事制度と言うことになります。
この視点から再度三菱UFJ信託銀行の「ジョブ型の人事制度」を見てみると、まず特定の業務領域限定の制度であること、しかも人事部上級調査役の発言として「大きくはジョブ型とメンバーシップ型の1社2制度になる」とありますから、同行の人事制度全体をジョブ型に移行するということでないことは明らかです。「給与体系は他の大部分の行員とは違う」と書かれていますので、特定の業務領域の特定採用社員のための制度を作ったということのようです。
従来からこのような一般社員とは別の枠組みで特別採用する社員に対しては「契約社員採用」等の対応はあるはずですから、それを実施するだけで良いと思われます。これをわざわざ「ジョブ型の人事制度」と呼ぶのであれば、前段で触れたように、その特定領域の社員に対する会社としての処遇理念・方針を明示し、非金銭報酬も含め人事制度としての全体像の設計があるべきです。採用に当たっての「ジョブ」の定義とその後の長期的な行内でのキャリア含めた処遇に関する設計がどうなっているのか興味あるところです。
特別領域とは言え本格的な人事制度として打ち出すのであれば、記事の指摘にもある通り1社2制度に対する「労使の見解の相違などトラブルも生みかねない」のは当然として、総報酬に対する同行の進むべき方向・社会的存在意義・理念が問われる事態が想定されます。そこまでの覚悟を持ってこの「ジョブ型人事制度」を導入したのでしょうか?現在の制度は大部分の行員向けに策定されたメンバーシップ型人事制度が適用されているとすると、非金銭的報酬に関してはこれらの特定採用社員には適用されないのでしょうか?「1社2制度」を謳うとすると、特定採用社員は非金銭的報酬も別建てで設計することになりますが、そこまで踏み込んだ検討をされているのでしょうか?疑問が次々と湧いてきます。
結論としては当面人材争奪戦が起きている領域での採用をし易くするために、特別枠で特定のスキルを持った社員に高給を提供できるようにするための策として打ち出された限定的な制度としか見えません。それにわざわざ「ジョブ型人事制度」という名称を使うのは誤解を与えると言わざるを得ません。それは新しく採用される行員にとっても、既におられる大部分の行員にとっても結果として大きな混乱を呼ぶことになるでしょう。本来社員のモチベーションを高めるための人事制度が、逆に行員の前向きな姿勢を毀損することに繋がる危険すらあります。人事の専門家としては「ジョブに基づく人事制度」に対する正しい理解を基に、社員が安心して働けるためのあるべき人事制度を構築して欲しいと思います。
(本コラムは『日本の人事部』プロフェッショナルコラムにも、同時掲載しております。)
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