6月20日付日経新聞「経営の視点」に掲題の記事が出ていた。大変示唆に富んだ内容であった。燃費データ不正で危機に陥った三菱自動車を傘下に収めた日産自動車のカルロス・ゴーン社長と三菱グループ御三家の対応の差を指摘し、「経営者の力量が経済や社会を大きく動かすことを示す好例」として、「日本企業はサラリーマン共同体の賞味期限を考え直すべき時期に来ている」と結論づけている。
また7月13日の同じく日経新聞では「揺れる企業統治 2年目の課題」と題して、日立製作所前会長の川村隆氏が、「経営トップはCEOひとりであるべきだ。・・・・・CEOが一人で経営の指揮を執る際に問題となるのが、相談役や顧問として残る卒業生の存在だ」と指摘、「日本人の従業員が中心となって議論すると、社内論理を優先したローカルな結論を出しがちだ」として社外取締役の比率の高い方が良いことを主張されている。二つの記事の共通点は日本的な「サラリーマン共同体の論理」の限界である。「経営の視点」では外山和彦氏の言葉として「サラリーマン共同体の論理とは部下は上司に尽くし、上司は尽くしてくれた部下を引き上げる相互依存関係が基本」と記されている。
10年ほど前、日産自動車で「ダイバーシティ・マネジメント」の管理職研修を4年ほどやらせて頂いたことがある。これはゴーン社長肝いりで、当時まだ日本的やり方から脱し切れていない管理職の意識転換を進めるための研修であった。この研修を通じてゴーン社長の管理職研修に賭ける思い入れをひしひしと感じさせられた。管理職の役割は、同質的な集団で上司の意図を慮る部下に囲まれ、彼らに社内論理優先の結論に従わせることではない。「異質な構成員からなる集団で、様々な意見を持つ部下と議論を戦わせながら一つの方向に向かわせることこそが管理職の役割である」と明確な方向を出されておられた。組織の強みはその構成員が様々な意見を持ち、それが組織全体の力の源泉となることである。その力を引き出すのが管理職の役割である。「上司に尽くす」という発想から解放しない限り、社員の力を結集して組織の力を最大化することは出来ない。「ダイバーシティ・マネジメント」はマネジメントの基本であることを軸とした研修であったが、その延長線上に「経営者の力量が経済や社会を大きく動かす」ことがあることを改めて感じさせられた。
前回のコラム「正社員改革が本道か?」の結論は「長時間労働が変わらない原因は仕事の進め方にあり、仕事の進め方を変えて行くためには、経営者自身が職務を明確化する方向に動き出すことが求められる」と書いた。「サラリーマン共同体の論理」が端的に表れているのが仕事の進め方である。上司と部下の相互依存関係に支えられた職場においては、機能体としての組織の進むべき方向に基づく「社員の役割・果たすべき責任」という発想はない。結果として多様な社員の多様な意見は、組織の力の源泉ではなく、障害と捉えられる傾向にある。上司に異論を唱えることは、相互依存関係を壊すことにつながると考えられるからだ。そのような異論が歓迎されるためには、相互依存関係を超える、社員共通の価値観が必要である。単に上司の度量によるのではなく、その異論が何故組織全体にとって必要なのかを主張できるよりどころとなるもの。それが機能体としての組織が実現しようとする目的・使命を具現化した、それぞれの社員の「役割」である。組織の一員である以上、上司の前に「役割」に忠実であることが求められる。かつて「役割」ではなく「上司」のために働き続けることで会社を上場廃止直前まで追い込んでしまったオリンパス事件が思い出される。
人を大事にし、人間関係を重視する共同体的な運営が悪いわけではない、しかし機能体としての組織であることを忘れた経営は組織全体を機能不全に陥れる。人間関係を重視した運営は、まず機能体としての組織が適切に運営されている前提で考慮されるべき内容であり、その逆ではない。5月29日の日経新聞「日曜に考える-働き方改革に終わりなし」でファーストリテイリングの会長兼社長柳井氏の発言内容が記載されている。「仕事をしているフリ、…フリをする従業員がいる。自分が何のために売り場にいるのか、必要な仕事は何かを分かっていないとそうなる。もっと仕事の内容を明確にして、やった仕事に対して報酬が決まる仕組みにする。正規、非正規の雇用形態で報酬が決まってはいけない。」まさにその通りだと思う。前回のコラムの主張点は、これが単に従業員だけでなく、経営者も含めて変えていくべき点として書かせて頂いた。日立製作所の川村前会長も同じことを指摘されていた。日経新聞の「私の履歴書」にも登場されたのでご存知の方も多いと思うが、次のように述べられている。「経営者の本質は権力者でも、会社の顔でもない。私の考えは『社長機関説』とでもいえばいいのか、社長も会社の中の他のポストと同じく一定の役割を割り振られた「機関」の一つであり、その役割とはそれなりの業績を保ちながら会社を成長に導くことだ。」
7月15日の日経新聞第一面では「働き方改革 成長底上げ」と題して、「財務省と厚生労働省が経済対策の目玉として盛り込む働き方改革の原案が14日分かった」と対策の方向性が出ていた。これらを本格的に進めようとすれば当然のことながら基本となる仕事の進め方をサラリーマン共同体型から変えて行かなくてはならない。役割を基盤とした制度変革は待った無しの課題となる。大変喜ばしいことである。