貢献責任(1)
第3回目を書き終えてから、大分時間が経ってしまいました。昨年は東日本大地震以降、様々なことが起こり、落ち着いて連載を続ける雰囲気になく、ついつい1年半が経過してしまいました。大きく環境が変わりつつありますが、本題の趣旨を考えると、そろそろと連載を再開する時期になったかなと思い、改めて筆を執りました。
第4回目のテーマは貢献責任でした。前回最後に触れたのは、組織設計の基本として「経営者の思いが、それぞれの社員の仕事の中身に反映されていなければならない」と言うことでした。その表し方の一つが貢献責任と言うことで、その説明が今回の主題です。
話題は民間企業から離れますが、原子力安全・保安院の組織と所掌事務が経済産業省のサイトから閲覧できました(残念ながら9月19日付でこの組織は廃止されましたので、現在は見ることはできません)。今回の福島原発事故に関し、話題となった組織です。その「組織構造」と「所掌事務」を見る限り、その組織が何のために存在しているのか、よく見えません。責任を負うべき本質的な役割が規定されていません。まずこの組織が何のための組織なのかの説明がありません。いきなり個々の課の所掌事務の説明に入ります。例えば「企画調整課」を見ると「1.機密に関すること。2.原子力安全・保安院の職員職階、任免、給与、懲戒、服務その他人事並びに教養及び訓練。3.院長の官印及び院印の保管。4.法令案その他の公文書類の審査及び進達・・」等々26項目が並びます。多くの項目が「総合調整」、「考査」、「監査」、「経理」、「総括」などの言葉で締めくくられていますが、その意味するところは定かではありません。別の課の例として「原子力防災課」を見ます。こちらは5項目のみ。「1.原子力に係る災害に関する政策に関する企画及び立案並びに推進。2.原子力事業等に係る事故及び故障の調査及び防止対策。3.核物質防護に関すること。4.原子力緊急事態(原子力災害対策特別措置法・・・・に規定するものをいう)、その他の事象における原子力の安全の確保に関する事務の統括。5.原子力災害対策特別措置法の施行。」の5項目です。一番重要と思える「緊急事態」に関しては「安全の確保に関する事務の統括」と言う表現になっています。これらの記述を見ているだけでは、どのような使命で何を役割として仕事をしていくべきか、良く分かりません。「安全を確保する」という一番の目的とする役割はどこにもありません。
残念ながらここに見られる規定の仕方は、多くの民間企業の業務分掌規程にも良くみられるやり方です。まさに「所掌事務」であって、経営者の思いのこもった責任を負う仕事としての定義ではありません。そこで働く人々が、その使命達成に向けてまい進する姿はとても想像できません。それぞれの仕事の規定の仕方は、組織設計の基本です。最低限のルールが必要です。それなしでは、この例のように、あらゆるレベルの業務が羅列されているだけとなってしまいます。同じ「課」のレベルの仕事の定義が片や26項目、かたや5項目では、記述の基本が無いとしか思えません。
我々が「貢献責任」と呼ぶ仕事の表し方について、次回から詳しく述べて行きたいと思います。
貢献責任(2)
組織の全ての構成員は何らかの役割を担っています。その役割の構成要素は、(1)目的、(2)業務活動・業務行動、(3)業務活動の結果として生み出される成果の3つに集約されます。第3回目の稿で触れたように、みのりでは(1)と(2)をつなげる(3)の業務活動の結果として生み出される成果を「貢献責任」と定義しています。この概念が組織設計を行う時のカギとなります。
前回触れた原子力安全保安院の所掌事務は(2)に該当すると思えます。しかしそれぞれの事務(業務活動)を遂行する目的、遂行結果としての成果が明記されていません。その組織が何を目的として設計されたのか、そして一つひとつの業務活動がその目的に向かって何を生み出すべきなのかが明示されていなければ、そこに働く人が組織に貢献したかどうかは判定できません。日本の組織は曖昧さを残し、働く人の自主性を重んじていると主張される方もおられますが、何を目指すかも分からぬ役割の中では、自主性の発揮しようがないというのが実態です。多くの場合この曖昧さが、評価を恣意的なものにする元凶となっています。
「貢献責任」記述のルールは単純です。第一番目は、貢献責任の数を最低5、最大でも9つに限定すること。そして二番目が一つひとつの貢献責任を「---を---する」と表現し、業務活動の範囲と方向性を明示すること。この二つを大原則としています。まず数を制限することは、役割を単なる業務活動の羅列に終わらせないために重要なルールです。組織の中には様々な役割が存在していて、業務活動だけを見れば、似通った役割も多数存在します。しかしそれぞれの役割が異なるのは、限定された数の中でぎりぎり特定された貢献責任が異なることで明確となります。組織全体の活動に責任を負う役割とその下で様々な活動に責任を負う役割との違いは、「課長」や「部長」のような役職呼称によるのではなく、貢献責任の違いで示すことが可能となります。
「---を---する」と言う表現は、様々な業務活動から生み出されるべき成果に、その範囲と方向性を明示することを意味します。一度この範囲と方向性が明示されると、それを出発点として、業務活動の洗い直しが可能となります。その役割の担当者の発意と自由度が生かされるのは、まさにその出発点があればこそ可能となります。第3回目に人事部の仕事の例を挙げましたが、「採用に関する業務」をこのルールに基づいて表現してみます。当然会社の意図するところにより様々な候補が考えられますが、例えば「当社が長期的に必要とする人材を確保する」。会社として求めているものが明示され、担当者として何を目的として採用と言う業務活動を行うかが明確となっています。まず「長期的に求められる人材」が何かを考えるところから出発して、そのような人材の採用・確保には何が必要かを考えざるを得ません。「採用」ではなく「確保する」という表現の違いも注目に値します。市販されている能力テストや他社がやっている活動例などに頼る採用活動をやっているだけでは、求められる成果は得られません。従来のマンネリ化した採用活動などを見直す良い契機ともなり得ます。
また組織にどのような人材がどのくらいの規模で必要かは、このようにして記述された役割が基礎となり規定されることになります。貢献責任一つひとつに込められた「思い」を支えることのできる人材が、選別され配置されることが求められます。上の例では、単に採用活動ができる人材ではなく、結果として人材を確保することのできる人材を求めていることを示しています。組織設計は、以上のような原則に基づいた役割記述が大前提となります。
この延長線上で、先に挙げた「原子力保安院」の各課の役割を再度考えてみます。一番重要な「原子力緊急事態の発生に際して原子力の安全を確保する」責任はどの課が負っているのでしょうか?所掌事務を見る限り、「防災課」の4番目の記述がそれに一番近いようです。そこにこの貢献責任を当てはめようとすると、考えられるのは「そんな大きな責任を果たす権限が無い」という反論です。実はこの点こそが組織設計上最も重要な議論なのです。防災課の役割(あるいは別の課でもいいのですが)としてこの貢献責任を設定するということは、「防災課長」がその責任とそれを果たすことを可能とする権限も有することを意味します。貢献責任を果たすために必要な権限とは何か、それを支えるための課内の役割はどうあるべきか、その役割を果たすことを可能とする資質経験能力とはどのようなものか等々・・この貢献責任が明示されて初めて議論され特定されることになります。安全確保に関する事務を遂行しているだけでは、安全は確保できません。(大津波の可能性が指摘された時に、その対応に動きださなかったのは、大津波の結果として起こる災害時の安全を確保すると言う一番大事な責任を、どの役割も負っていなかったからとも言えます。)
組織設計の原点は、一つひとつの役割を貢献責任のルールに基づき定義・表現することです。暗黙の了解ではなく、文章化し明確に伝えること。経営者の思いが、社員一人ひとりの役割の中に反映されている状態。これが組織設計の原点と言えます。これはグローバル化の時代に、多様な社員に活躍の場を与える基盤ともなります。
Comments