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執筆者の写真秋山 健一郎

日本企業における「職務(ジョブ・役割)定義」の実態と問題点

ー「日揮‐3人で分ける部長職」(職務明確化の応用編)ー


 

ホットな話題コーナーでは、これまで「ジョブ型人事制度」に関するコラムを多数、掲載してきました。2020年8月~10月にかけて発表した「ジョブ型雇用導入のための職務の明確化」は特に重要な内容です。今回は概念的な説明だけでなく、具体的な事例で現在日本企業が抱える問題点を指摘します。

(なお、本コラムは『日本の人事部』のプロフェッショナルコラムにも、掲載しております。)

 


「ジョブ型雇用導入のための職務の明確化」の具体的事例として日本経済新聞の記事等の中で、ジョブ型雇用を採用されている企業のジョブ内容に関する情報を探しましたが、残念ながら具体的なジョブ内容(職務・役割内容)を記述しているものはありませんでした。そこで少し古い記事ですが、昨年10月27日同紙の「日揮、3人で分ける「部長職」- 高まる負荷、役割再定義」と題する記事がありましたので、これを題材に「職務明確化」の視点からどのようなことが言えるのかをお示ししたいと思います。同社は2023年度統合報告書の「人的資本への取り組み」の中で人事制度としては「2022年に一部残っていた年功型要素を廃止、職責や職務価値などに重きを置いた人事制度への改革を行いました。」と書かれており、明確にジョブに基づく人事制度とは記載されておりませんが、「職責や職務価値に重きを置いた人事制度」という表現を使われていますので、その前提で「役割再定義」の内容を吟味していきたいと思います。


記事の趣旨は「部長の役割を再定義し、中長期ビジョンを実行するリーダーに徹し、そのためにプロジェクト管理、人材育成に専念する2つの管理職ポストを新設した」という内容で、目的は「3人の部長が役割を分担し、人財と組織の成長を両立させる」ことで、記事の解説では「部長という1つのポジションを2~3人で役割分担」させるということのようです。しかし「職務明確化」の視点から、この記事を読むと次のような疑問が湧いてきます。まず組織的にはその3人分の役割の総合的な責任は誰が負うのか?次に人事処遇上はその3人の部長は同じ等級に位置付けられ同じ処遇を受けるのだろうか?という素朴な疑問です。組織を設計するときには、経営戦略に基づき「ある部」が何を責任として負うべきかを明確に定義づけされなければなりません。当然それはその「部」のトップが負うべき責任(みのりでは「貢献責任」と呼んでいます)となります。それが3人に分割・分担されるという説明は誰も部としての全体責任を負わないということとなり、組織設計上は大きな問題をはらむことになります。


改めて統合報告書を確認してみると「三位一体の部門運営」の項でそれぞれ3人の役割名が書いてあります。1人は明確に「部門長」であり、他2人はCDMとPCMという特定の責任を負う役割とされています。記事の内容を改めて見直してみると、確かに同じ枠の中にその3人の肩書として「部長」「CDM」「PCM」と書いてあります。ところがその説明には「3人の部長が役割分担」すると書かれています。これは混乱を来す表現で、もし部門長あるいは部長がその部の全責任を負うのであれば、他の2人のマネジャーは単にその部門長・部長の下で特定の役割(CDMは部員の育成・キャリア開発、PCMは遂行中のプロジェクト管理・人材配置)を担う補佐的な役割となり、通常の組織設計の中で部門長・部長の下位に位置付ければよいだけとなります。


記事の説明では三位一体の運営に転換した理由として「一人におんぶにだっこでは、部長がつぶれるという危機感を持った」(花田琢也CHRO発言)とされています。従来同社では「部長代行の役職もあったが、部長のバックアッパー役の色彩が強い」「管理職の役割を明確にしたほうが組織運営の効率が高まるとの問題意識」から「部長代行を廃止。最終決裁者は部長だが、競争力の礎となる人材管理はCDMとPCMが部長と同等の立場で、意志決定に関わる」との結論に至ったようです。従来の部長代行がどのような責任を持ち仕事を行っていたのかの説明はありませんが、新しい体制では「育成面で効果が出ている」とのことで、その中身としては「CDMマンツーマンで中長期のキャリア希望に耳を傾け、必要なスキルや経験を助言・・・長期の人材計画を立てやすくなった」との説明があります。


「職務明確化」のスキル・経験を持った人事のプロであれば、上記の改革前の状況下で次の点を確認します。まず(1)部門長・部長の役割の明確化が適切になされているか、そして(2)その役割を遂行できる人材が配置されているかどうか、次に(3)その部門長・部長の役割遂行に当たり、それを支える下部組織が合理的・効果的に設計(貢献責任の特定を含む)され、(4)そこに適切な人材が配置されているかどうかの4点です。「一人におんぶにだっこでは、部長がつぶれるという危機感を持った」という表現がありますが、これが本当だとすれば部門長・部長の役割が、同社の人材には負い切れないほどの責任を負わせているか、あるいは同社にはその役割を遂行できる人材がいないかどちらかとなります。統合報告書には組織設計に関する記述が無いため(1)に関してはこれ以上踏み込めませんが、少なくとも適切な人材を確保し・配置する責任のある人事としては、そのような組織設計が実行不可能である旨を明確にし、部門長・部長の役割を同社の人材に適した役割とすることを提案する責任があります。そうでなければこの組織は経営戦略基づいた目的・ミッションを達成出来ないことになるからです。


部門長・部長の下部組織に関しても、部門長・部長の役割遂行に必要な支援の一環として合理的・効果的な設計を提案するのも人事に求められる責任の一つとなります。改革の効果として「育成面での効果が出ている」と書かれているのですから、部門長・部長を支える補佐役としてそのような役割を設計し適切な人員を配置すれば、部門長・部長の役割は適切に遂行できことを示しています。このようなことは従来の体制の中でも部長代行に当たる役割に同じ内容の責任を貢献責任として特定し、その責任を遂行して貰うことで解決する問題であると考えられます。その部長代行の役割名称をCDMとかPCMに変更するだけで良いはずですし、それを「部長級の管理職」を配置し「課題を共有し、同等に意思決定」などとプロセスを複雑化する必要はありません。記事でも触れているように、このような複雑なプロセスを導入すれば「3人の部長の意見が割れると、意思決定は滞る」ことになるのです。あくまでもこの2人の役割は部門長・部長を支える下位組織であり、最終決定は常に部門長・部長が行うのが組織のあり方なのです。


このような混乱が生じるのは「ジョブ(職務・役割)に基づく人事制度」に対する理解が欠如しているからと考えられます。「部長級の管理職」という言葉に代表されるように、日本の大企業に共通する、人事の異動・配置の基準が属人的な要素(年功・性別・能力)で行われてきた慣性が働いていると言えます。CDMとかPCMという役割は部長を補佐する役割であり、部門長でも部長でもありません。「最終決裁者は部長」と書かれています。従来の職能資格制度的な運用に慣れた人事の立場からすると、「部長級の管理職」を配置するそれらの役割を部門長・部長の下位に置くことに抵抗があると想像できます。役割の重要度の測定という概念でも触れていますが、部門長・部長とCDM/PCMを比べればその重要度の違いは明らかであり、したがって職務等級も違い、それに基づく処遇も異なります。それがジョブに基づく人事制度の公平性の拠って立つところだからです。


もし記事の解説内容にあるように「3人の部長が役割を分担」するのであれば当然その役割の重要度も吟味する必要があります。統合報告書にある「職責や職務価値に重きを置いた人事制度」を標榜するのであれば、「中長期ビジョンの立案・実行、事業モデルの変革」という貢献責任と「部員育成・キャリア開発」あるいは「遂行中プロジェクト管理・人材開発」という貢献責任を比較し、同社としてどの役割がより重要なのかの議論が必要となります。しかしこれはあくまでも部門長・部長の配下としての役割の重要度の比較の議論であり、部門あるいは部全体の運営責任を負う部門長・部長とCDM/PCMとの差異は歴然としています。それを「部長級の管理職」という表現で同じレベルに引き下げて、役割の責任の大きさを曖昧にするのは組織運営上非常に危険であると言えます。最終的な全責任を負っている部門長・部長が「部長級管理職」としてCDM/PCMと同等に扱われ、同等のレベルの人材が配置されるとしたら、「一人におんぶにだっこでは部長がつぶれる」のは当然のことであると言えます。


ジョブに基づく人事制度考える上で、組織の機能的運営が前提となります。機能的運営には職務の明確化は必須要件です。そのためのスキル・経験を積むことが、逆に組織運営の合理化・効率化にも繋がることを理解頂けたら幸いです。

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