「ジョブ型」論議の迷走(続)―職務設計なき人事制度論―
- 秋山 健一郎

- 8 時間前
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前回のコラムでは、2026/3/6付 日本経済新聞に掲載された濱口桂一郎氏の論考を取り上げ、日本で広く語られている「ジョブ型」という概念が、企業の組織設計や職務設計と切り離された制度論として語られている点に疑問を呈した。
今回は同じく2026/3/9付 日経に掲載された守島基博氏の論考「ジョブ型雇用の現在地(下) 期待した成果は得られず」を手がかりに、この問題をもう少し掘り下げて考えてみたい。
経営を支える人事機能・人事制度
守島氏の論考では、ジョブ型雇用を職務記述書に基づく雇用として説明しつつ、日本企業ではそれが従来の制度と組み合わさった「ハイブリッド型」になっていると指摘している。
しかし、ここで見落とされている問題がある。
ジョブ型と言われているものは、本来は単なる雇用契約の形式ではない。それは企業が経営戦略を策定し、それを実現するための組織を作り、その中でどのような職務を設計するかという基本的な出発点から必然的に導かれるものである。
企業がまず行うべきことは
経営戦略を定める
それを実現するための組織を設計する
その組織の中で必要となる職務を定義する
というプロセスである。そして、その職務を担う人材像が定まり、それに適した採用や育成の仕組みが作られる。つまり、
経営戦略策定 → 組織設計 → 職務設計 → 人材像構築 → 採用・配置・育成
という流れである。
この関係を見れば、日本企業が歴史的に
新卒一括採用
長期雇用
社内労働市場
という仕組みを発展させてきたことも理解できる。それは制度の偶然ではなく、日本企業の組織運営から生まれた合理的な帰結だったのである。
「ハイブリッド型」の意味
守島氏は、多くの企業がジョブ型と従来制度の「ハイブリッド型」になっていると指摘する。
しかし本来の問題はそこではない。ハイブリッドと言われている状態は、職務設計と人材運用の関係が整合していないことを意味している。
本来であれば「経営戦略策定 → 組織設計 → 職務設計 → 人材像構築 → 採用・配置・育成」は、一つの体系として整合している必要がある。ところが現在の議論では、この中心にあるべき職務設計がほとんど議論されないまま、人事制度だけが取り上げられている。職務給や職務等級といった制度の導入が語られる一方で、その前提となる職務の定義や組織設計の議論はほとんど見られない。このことが、日本のジョブ型議論の混乱を生んでいる。
日本企業の本当の問題
日本企業の問題は、新卒一括採用や長期雇用そのものにあるわけではない。
これらの仕組みは、本来
長期的な企業存続を前提とした経営
その経営思想に基づく組織と職務設計
組織と職務を支える長期的な思想とそれを支える技能形成を目指した人材育成
という企業戦略と整合していた。
問題は、その前提となる経営のあり方が変わってしまったことである。多くの企業が依然として
新卒一括採用
長期雇用
社内育成
を続けている一方で、経営の志向は
短期成果志向
事業拡大志向
株主資本主義に代表される市場主導型の経営
へと変化している。
つまり、経営戦略と人材システムの整合性が崩れているのである。
ところが、この問題は人事制度の議論の中ではほとんど触れられない。
本来、人事の役割とは、企業の経営戦略とそれを実現するための効果的・効率的人材活用の施策を設計・運用することにある。その視点から見れば、現在の議論の多くが本質から外れていることは明らかである。
制度論だけでは問題は見えない
ジョブ型かメンバーシップ型かという制度の違いを議論すること自体は無意味ではない。
しかし、それを人事制度の問題としてのみ論じている限り、企業の人材運用の本質は見えてこない。
企業がどのような組織を作り、どのような職務を設計し、どのような人材を育てるのか。
本来の議論はそこから始まるべきではないだろうか。
