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  • 執筆者の写真秋山 健一郎

ジョブ型雇用の議論に欠けているもの


 

前回コラム「2020年幕開けと人事展望」で触れた通り、年が明けてからの新聞報道は雇用の在り方をめぐる議論が花盛りである。日経新聞を見てみると1月8日、15日の社説に続き、1月22日の社説でも「雇用の在り方をめぐる突っ込んだ議論を」の中で「時代遅れになっている雇用制度の改革論議が産業界全体で進むことを期待したい」と結んでいる。その後の日経新聞では1月28日「春季交渉始まる」「経団連、雇用脱一律を」、1月29日「デジタル化労使が軸足、一律脱し『人への投資』」、1月30日「春季交渉’20、職務明確にする雇用拡充」と連続して日本の雇用の在り方に焦点を当てた記事が目につく。議論の中心課題は「ジョブ型雇用の導入」であり、「職務の明確化」である。しかし「職務の明確化」の具体的な内容、あるいはその方法論に関する記述は見当たらない。

前回1月のコラムで指摘したように、日本の人事の世界では「職務を明確化」するためのスキル・知識は蓄積されておらず、その意味するところが深く掘り下げては考えられていない。1月22日付け日経新聞の社説には「ジョブ型雇用は専門性や成果による処遇が基本になる。業種や国境を越えて有能な人材を獲得するためにも、企業はこの雇用形態を積極的に取り入れてはどうか。」と指摘されている。大賛成である。しかし処遇が社員の働く意欲に効果的に働くための条件は、内部公平性と外部競争力である。「専門性や成果による処遇が基本となる」のであれば、その処遇体系はその「専門性や成果」に基づき構築されるのでなければ内部公平性は保てない。1月29日付け日経新聞の「デジタル化労使が軸足」の中で「人工知能や自動運転の技術者と言った高度人材の獲得に向け、・・・富士通やNTTデータは年収2千万~3千万円で、ソニーは1千万円以上で上限を設けない制度をいち早く導入した。日本型の雇用制度に縛られていては、海外企業との優秀な人材の獲得競争に勝てない」とある。これが「専門性や成果」による処遇体系を全社員に適用しようとしているのであれば、大胆な経営判断と言える。しかし一部の社員獲得のためだけだとすると、処遇の内部公平性を自ら破壊するものであり、社員の意欲を向上させるものとは言えない。「ジョブ型雇用」の意味は、全社員を明確化された「職務」に向けて成果を出すべく前向きに意欲付けすることを意味する。ある特定の社員を対象にした特殊な扱いを意味するのであれば、敢えて「ジョブ型」などと呼ぶ必要はない。

また外部競争力に関しても、先の記事にある「年収2千万~3千万円」という数字がどのような統計データから導き出されたのか不明である。ある特定の「専門性や成果」に対する年収を調査したことがあるのだろうか?みのりでは顧客の要請で特定の「職務」に関する年収データを収集したことがあるが、年齢に基づくデータとは全く異なるものであった。本来「ジョブ型雇用」の目指す外部競争力比較とは、職務の定義に基づくべきであるが、現在の日本の給与データは基本的には年齢ベースであり使い物にならない。厚生労働省発表の賃金構造基本統計調査も年齢に基づいており、このような統計データがあること自体が「日本型の雇用」を是認している証であるとも言える。「職務の明確化」への道に歩み出すためにも、年齢による賃金データそのものを廃止し、「職務」による賃金データの収集を始めるべきである。

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