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  • 執筆者の写真秋山 健一郎

日本の労働生産性と人事制度


 

5月21日「日本の人事部」主催のHR Conferenceで「役割定義」に関する講演を行いました。演題は「人事基盤の構築は役割の定義から」とし、副題を「忙しさを減らし成果を上げる、仕事のマネジメント手法」としました。1時間ほどの講演でしたので、役割定義の技術的な話を中心にならざるを得ませんでしたが、役割定義から出発した人事制度が労働生産性を上げることにつながることを再度強調したいと思います。一部講演の繰り返しになる部分もありますが、その背景と必要性を説明いたします。

日本は労働生産性が低いことはご存じだと思います。本年4月9日の日経新聞の記事によると「日本の1時間当たり労働生産性は2013年41.3ドルで、OECD加盟34ヶ国の内20位。トップはノルウェーで87ドル。米国は65.7ドルと4位。」ドイツ・フランス等ヨーロッパ諸国が60ドルを超えるところで10位以内となっています。記事の中では「無駄な残業が生産性の低下につながっている可能性が高い」と指摘しています。翌日の4月10日の同じ日経新聞でFinancial Times記事の和訳版では「日本の労働慣習は時代遅れ」と題し、「仕事量の削減は国際的に低迷する日本の生産性を引き上げるだろう」と指摘しています。

長時間労働の実態に関しては様々な報告があります。少し古くなりますがHR Conference主催者である「日本の人事部」による「長時間労働をいかに是正していくか」(2008年3月10日)に良いまとめがあります。そこには長時間労働となる様々な理由として①仕事量の多さ、②突発的な仕事、③勤務時間外でないとできない仕事等がトップ3として挙げられています。そして長時間労働を是正するためのアプローチとして5つほど提示されています。その中で第一番目は「社風・職場風土の改革・改善」、二番目が「仕事の分析と適正な配分」、三番目が「仕事の見える化の推進」とあります。特に二番目と三番目が講演のテーマでした。この報告書は「マネジメント・スキルを正しく身に着けることが、長時間労働是正につながっていく」と締めくくっています。

戦後の日本の人事制度は「ヒト」を中心に組み立てられてきました。これが戦後の日本の高度成長を支えたと言われています。しかし大規模化しグローバル化した多くの日本の大企業が従来の「ヒト」を中心とした人事制度で、機能体としての組織を効果的効率的に経営して行くことは不可能です。その意味で失われた20年と言われる期間は、成功体験に基づいた「ヒト」中心の人事制度からの脱却に必要な時間だったと言えます。みのりは創立以来「役割定義」の重要性を訴えてきましたが、ここ5年程の反応が変わって来ています。具体的な役割定義からスタートする人事制度の案件が増えてきたこともそれを示しています。管理職にマネジメントとしての力量をつけて欲しいという経営トップの切実な要請に応えるには、その場限りの研修の提供では限界があることを気が付き始めたと言えます。日々の仕事の中にマネジメント・スキルを身に着ける仕組みを取り込むことが、本来あるべき解決策と言えます。

講演会では「マネジメント・スキル向上を支える人事制度」としてみのりコンセプト(1)(下図参照)を紹介させて頂きました。組織から出発した「役割」を中心に人事制度が出来上がっている仕組みです。機能体としての組織を運営する大前提は、経営戦略に基づいた「組織」をマネジメントが理解していることです。但しここで言う「組織」は構造的なものだけでなく、構成員一人ひとりのために設計された「役割」までを指します。構成員の配置はその役割に基づいて行われます。その構成員の業績は、設計された役割に的確に応えたかどうかで決まります。役割の定義なしで、その構成員の評価は決まりません。それが決まるような錯覚を起こさせてきたのが、「ヒト」を中心とした人事制度です。採用された社員は無限大の能力と可能性を持っています。その社員の能力を発揮させるのはマネジメントの責任であり、その実現にはマネジメント・スキルが必要です。それを育み・支えるのが人事制度です。社員の能力を発揮させるためには、発揮したと言える基準が必要です。その基準が役割です。基準の無い評価は、無限定な仕事のやり方に社員を追い込んでいきます。「ヒト」を中心とした人事制度の危険性はここにあります。「意欲・能力・態度」が「ヒト」を中心とした人事制度・評価制度の三種の神器と言えます。これらの要素は、上司のさじ加減で決まるものばかりです。こんな基準で評価される社員は、上司の目の色を伺いながら仕事のやり方を調整するしかありません。仕事の効率化とか長時間労働の是正などは考えられない。そんなことをしていれば評価が下がるのが目に見えているからです。上司は楽なものです。役割の説明など不要で、自分の思い通りに動いてくれるのが良い社員だと思い込んでいられるのですから。部下に求める役割を説明するというのは、経営者としての大切な第一歩です。会社の戦略・組織を設計した思想から始めて、会社の進むべき方向と部下に期待される役割を説明しなければならないからです。かつての日本企業でも良い上司と言われた人たちは、部下にどのようなことが求められているかを明確に語ってくれていました。いつの時代でも良い上司のあるべき姿は変わらないと思います。しかし人事制度がそれを支える方向で設計されていないとしたら、期待されるマネジメント・スキルを持った上司は育成できないでしょうし、採用された有能な社員の力は生かされないでしょう。

日経新聞の「私の履歴書」を読まれている方は多いと思います。今は日立製作所の川村相談役が書かれています。5月28日付の内容をご紹介します。「私たち経営者が果たすべき役割とは何だろう。社長ポストを出世競争のゴールと考えて、社内で権勢を振るうことではない。(中略)これを自分の仕事の中心と見誤ると、セレモニー的な仕事の多かった私の副社長時代のように、表面上は忙しそうにしていても、中身は空っぽということになる」。果たすべき役割を考えないと、組織は成果を上げられず衰退する。役割を考えるべきは、経営者だけでなくすべてのレベルで言えます。「忙しさを減らし成果を上げる」ことを組織のあらゆるレベルで考えさせるような仕組みが求められているとも言えます。忙しそうにしていれば、評価されてしまうような仕組みからの脱却です。その出発点は役割の定義です。定義するための手法は色々な機会でご説明しています。来たる7月14日(火曜日)にも弊社で「役割分析セミナー」を開催する予定です。ご興味おありの方はご参加してみてください。このような具体的な手法を実践し説明しているのは弊社だけだと自負しているものです。人事制度の概念的なものは解説書が多く出ていますが、その出発点としての役割定義を手法のレベルまで説明しているものは多くありません。この機会に是非ご検討いただければ、幸甚です。

経営戦略を支える人材マネジメントシステム みのりコンセプト(1)



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