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  • 執筆者の写真秋山 健一郎

【第3回】人事制度設計の出発点


 

人事制度設計の出発点


近年企業の不祥事が増えています。またこれを契機に企業の内部統制,倫理規定などの見直しの議論が行われています。不祥事の起こる構造は、それを直接実行する社員、その社員が働く組織、そしてその組織が活動の場でありかつその影響を受ける社会、これら三者の複層的関係から構成されています。多くの場合、不祥事発覚が報じられたとき、組織の長である経営トップはその存在を個人的なものに限定しようとします。しかし不祥事が表面化するきっかけはほとんどが内部からの告知・告発によるもので、組織的対応が限界に達した状況から表面化してくるのが実体のようです。

中小企業の経営者にとってこれら不祥事はどのように受け取れられるのでしょうか?状況は大会社とはかなり違ったものであるはずです。自分の見える範囲に社員が働き、彼らの家族がそれを支え、また顧客は目の前に居り、社会や環境は自分の身の回りの存在です。それらを無視して経営は存在しません。中小企業の経営の出発点は、それらとどう直接関わって行くか考えることです。それらを無視した売上・利益は無いと言えます。社会的な問題を起こしても存在し続けられるのは、大会社だけです。 自分の会社をこうしたい、言い換えれば自分の会社の社会的存在意義を常に考え続けるのが、中小企業の経営者です。社員がどうしたら意欲的に仕事に取り組むかを考えるのは、単に沢山稼がせるためにではありません。その社員がいかに自分の考える会社の存在に貢献してくれるかです。売上・利益はその存在意義に対する社会からの認知がもたらすものと言えます。そんなことを考えずに数字だけ追いかけているのは経営とは言えません。中小企業の経営者にとって社員を雇うと言うのは単に人事部が雇用契約を一時的に結んだと言うような軽いものではありません。その人の人生を預けて貰って、自分と一緒に人生を歩いていく位の覚悟の関係に入ると言えます。それも会社の社会的存在意義の大きな一つです。

人事制度を考える出発点はここにあります。自分の会社をあるべき姿に近づけるために、一人の人間と長期的な契約関係に入る。その契約関係の基礎となるべき理念、会社の進むべき方向を明確に示すことが人事制度設計の出発点です。人件費を単にコストと見て、それを切り詰める視点から給与制度を設計し、それを成果主義と呼ぶやり方とは根本的に異なります。本来の意味の成果主義とは、成果がその会社では何を示すのか、社長自ら理念に照らしその成果を具体的に示すところから始まるのが順序です。その結果場合によっては人件費が増大する制度が出来ることがあるかも知れません。しかしそれが本当に成果に基づくものであればそれを是とする決断が求められます。 本来の成果主義に基づく人事制度における成果とは何でしょうか?一般的には売上とか利益のような数字的なものが成果と考えられています。またそれが当然のごとく議論の出発点になることが多いのも事実です。経営者は売上・利益を上げることに血眼になり、役員・社員もその増大にまい進する。その結果時々社員は羽目を外して違法行為や反社会的・反環境的な行為に手を染めてしまう。慌ててコーポレートガバナンスが叫ばれ、倫理規定が対症療法的に作り上げられる。こんな対応では社員と組織、組織と社会、更には社員と社会の関係が正常化するとは思えません。

成果とは単に数字ではなく、その数字を生み出すための社会的な存在として「会社の存在意義・役割」を定義したものです。それは経営者の理念です。ぎりぎりまで考えられた、会社が社会において生み出すべき成果。これを社員にどう分担してもらい、生み出していくか、これが人事制度つくりの出発点です。社員の戦力化、社員の育成もこの方向に基づいて行われます。成果に基づくこの方向性なしに「優秀な社員」と言うものは存在しません。経営者にとって優秀な社員とは、この成果を理解し、賛同し、それを効果的・効率的に生み出す社員のことです。 前回触れた人事制度の三つのカテゴリー全てが実はこの成果の定義から出発するのです。特に金銭以外の報酬は、明確な成果の定義が無い限り構築しようの無いものです。仕事の中身はまさに成果の定義のブレークダウンですし、研修・学習の機会は会社の進む方向に基づき設計されるものです。その方向に賛同する人たちが惹きつけられ、動機付けられる。そしてさらに志を同じくする人が集まり、企業があるべき方向に発展していく。この流れを支えるのが人事制度です。

企業は社会的な存在です。それを直接肌に感じられるのが、中小企業の社長です。社会的存在としての会社をよりよく経営をしていくためには、経営者は哲学者でなければならないと言えます。大会社の社長が時として限定的な機能の代行者として、その力だけで評価されるのとは大きく違い、中小企業の経営者はその理念・信条が評価の対象となるのです。そしてこの理念・信条は人事制度を通じて社員の行動に現れるものなのです。

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