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  • 執筆者の写真秋山 健一郎

ジョブ型雇用導入のための職務の明確化(全3回)



 

ジョブ型雇用導入のための職務の明確化(1)


前回のコラムで「過去の成果主義が掛け声倒れに終わった背景に『職務の明確化』のための思想と手法が欠落していた」と述べた。ジョブ型雇用を本格的に導入し定着させていくには「職務の明確化」が必須条件である。この点を曖昧にして「ジョブ型雇用」という言葉が独り歩きすれば、過去の「成果主義」と同じ道を歩むことになる。これから本格化する「ジョブ型雇用」導入の議論が有意義なものになるために、このコラムで「職務の明確化のための思想と手法」に関して簡単に解説していきたい。参考資料として、「ジョブ型雇用」が一般的である海外、特に北米での人事の教科書を題材にその具体的内容をご紹介しつつ、日本での人事管理の考え方との違いを考えてみたい。北米の人事の教科書と言っても様々なものがあるが、日本とは異なりその基本的な構成は同じである。今回は一般的な人事管理の教科書としてSusan E. Jackson, Managing human resourcesを基にどのような特徴があるか触れてみたい。

まずは目次であるが、下記のような章立てになっており(和訳は筆者)、日本で見る人事の教科書との違いが明白である。下線を引いた章は、文言の説明は別として多くの日本の教科書には見られない章立てである。

  1. 戦略的パートナーシップを通じた人事管理

  2. 外部・内部環境の理解

  3. Fair Treatment(公正な処遇)とコンプライアンスの確保

  4. 環境変化に対応した変革のための人事計画

  5. Job Analysis(職務分析:Competency Modelingも職務分析のひとつのアプローチとして含まれる)

  6. .採用

  7. 選別と配置

  8. .研修・育成

  9. .総報酬の設計

  10. 業績の測定

  11. 成果に基づく報酬とモチベーションの向上

  12. 福利厚生

  13. .安全と健康

  14. .労使管理

人事の仕事が人材を有効に活用し、会社の業績向上に貢献することであることは世界共通である。そのために人事が戦略的パートナーとして活動することは、近年日本の人事の世界でもよく聞かれる言葉である。ただ日本にはない大きな違いはその根幹に「Job analysis職務分析」が位置していることである。第1章から第4章までの人事の大きな方向付けに関する記述と第6章から第14章までの個別人事課題に関する章立ては日本の人事の教科書にも共通した内容である。しかし人事の基本的な方向付けを個別の人事課題に落とし込んでいく上で核となる概念として、北米の教科書では第5章「職務分析」を当てている。「ジョブ型雇用」を考えるときに「職務の明確化」がカギとなるという意味を理解するには、この教科書にある「職務分析」の位置づけを理解する必要がある。そうでなければ「ジョブ型雇用」という言葉自体が意味をなさないことになるのである。

本書では「職務分析の戦略的重要性は、何よりもまず、人事管理の一貫したアプローチを構築するための合理的な基礎を提供する体系的な手順に基づいている」と明言している。第1~4章で述べられている戦略的パートナーとしての環境変化に対応した戦略的な方向転換に対して、まず影響を受けるのは個々の「Job(職務)」であり、「Job Analysis(職務分析)」のプロセスはCompliance確保のための法的な対応も含むのである。その上で出来上がった「Job(職務)」の体系が、第6章以降の個別人事課題の基盤となるのである。ある部分的な役割・職務に対してだけ「ジョブ型雇用」と称して、形だけの職務の明確化をしても人事管理全体としての効果は期待できないということを理解して頂けるだろうか?

ちなみに本書では「Job Analysis(職務分析)」の結果として書き表される「Job(職務)」には次のようなものが含まれており、具体例が示されている。


  1. 職務の目的

  2. .職務の義務・責任・業務内容

  3. .職務遂行条件

  4. 職務遂行上必要とされる知識・スキル・経験・能力他属性(Competencies)

近年の傾向として柔軟な形の職務分析が必要なことは認めつつ、やはり整合的な人事制度を構築する上で必要なものとして位置付けられている。経営者が機能体としての組織を経営するうえでの出発点は職務なのである。環境変化に対応するための戦略も個々の職務に落とし込まれなければ、絵にかいた餅でしかない。戦略を実践し実現するのは個々の社員なのである。社員の立場からしても、何をどのように遂行すれば会社に貢献したと言えるのか、その結果としてどのような処遇が与えられるのかその全体像が見えることが、より前向きに職務遂行していく上では大きな要素となるのである。


ジョブ型雇用導入のための職務の明確化(2)

日本の人事管理の基本構造


前回のコラムでは「ジョブ型雇用」で先行している北米の人事管理教科書を参考として、その特徴に触れてみた。再度強調したいのは「職務分析の戦略的重要性」であり、出来上がった「Job(職務)」の体系が個別人事課題対応への基盤となるということである。ある特定の職務に対してだけ「ジョブ型雇用」と称して、形だけの職務の明確化をしても人事管理全体としての効果は期待できない。 今回は参考までに日本の人事管理の教科書を見て、その違いを検討してみたい。残念ながら日本には人事管理の一般的な教科書は存在しない。人事関連の本には多様なものがあり、その構成には大きなばらつきがある。個別の人事課題を詳細に扱っているものは多いが、組織経営全般の視点から、経営を支える人事管理の体系的な手順を示したものは少ない。その中で人事管理の基本的構造にまで触れているのは今野浩一郎・佐藤博樹両氏による『人事管理入門』であり、大変参考になる。本書の目次は下記の通りである。


  1. 人事管理のとらえ方

  2. .戦略・組織と人事管理

  3. 社員区分制度と社員格付け制度

  4. 採用管理

  5. 配置・異動の管理

  6. 教育・訓練

  7. 人事評価

  8. 昇進管理

  9. 報酬管理

  10. 福利厚生・退職給付

  11. 労働時間と勤務場所

  12. 企業の人材活用とワークライフバランス支援

  13. 雇用調整と退職の管理

  14. パート社員や外部人材の活用労働組合と労使関係

大きな構成は第1章、2章で人事管理の大きな方向付けがなされ、第4章以降14章までが個別の人事課題を扱っており北米の教科書と同じと言える。一番の違いは北米の教科書で中心概念に位置付けられている「職務分析」に当たる章が、第3章として「社員区分制度と社員格付け制度」となっていることである。社員の活躍を促し会社の業績向上に貢献して貰うという人事管理の基本的な目的のために、北米ではFair Treatment( 公正な処遇)の実現を目指し、そのカギとなる概念として「職務分析」を挙げているのに対して、日本での人事管理の基本概念は「社員区分制度と社員格付け制度」であるとし、本書では「偉さの社内序列を決める基準」が人事管理の基本構造を決めることになると結論付けている。「偉さの社内序列」の意味は別として、「年功制が崩れるとしたら、人事管理にとっての最も重要な意味は、評価、賃金、昇進などの決め方が変わることではなく社内序列を決める基本構造が変わることにある」という指摘は正しい。他の教科書がこの一番重要な問題を素通りして、個別の人事課題の議論に終始しているのとは大きな違いがある。

人事制度は歴史的文化的背景の中で時間をかけて作り上げられてきたもので、過去年功制を中心とした基本概念が日本企業の社員を動機づけ日本企業成長の原動力となったことは明らかである。しかし失われた30年と言われる期間を通じてこの「社内序列の基準」は変化して来た。個々の人事課題に的確に対応していくためにはこの基準を見直していく必要性が今問われている。その変化の方向を見据える重要な立脚点は「人材の多様化」であり、「多様化された人材の活用を通じた業績向上への貢献」である。同質集団の内向き志向が年功制の温床であったことを考えれば、多様な人材への対応は日本の企業にとって、大きな変革のための課題である。この対応のための基準が明確にならない限り、「評価、賃金、昇進などの決め方」をいくら弄り回しても効果はない。

「多様な人材の活用」を考える上では「会社側の視点」だけではなく、「社員の視点」が重要である。社員が果たして会社の提示する「社内序列」にどのような価値を見出すのか。これからの日本を支える人材が考え、期待する会社像とはどのようなものか考えてみると面白い。年功的な長期雇用という仕組みが崩れつつある現在、ひとつの会社だけに固執したキャリアを考える傾向は低下している。会社側もその時々の戦略に合わせた人材を求めている。その時に「社内序列の基準」という考え方が多様な人材を引き付け、動機づけることが出来るか。それに代わる基準が考えられるかというぎりぎりの選択を迫られていると言える。

「ジョブ型雇用」が脚光を浴びているのは、人事管理の在り方に大きな変革をもたらし、アフターコロナの世界で社員が持てる力を思う存分発揮でき、会社全体としても業績が向上していくことが期待されているからであろう。「職務の明確化」はそのためのカギとなる概念である。次回から「人事管理の基本構造を決める基準」という視点でもう少し掘り下げて検討していきたい。


ジョブ型雇用導入のための職務の明確化(3)

ジョブ型雇用への道筋


10月8日付の日経新聞のOpinion欄に「ジョブ型雇用への道筋は」と題して4人の方々が「ジョブ型雇用」の普及に向けた課題について論じている。それぞれ大変示唆に富んだ内容で参考になる。このコラムでは「人事管理の基本構造を決める基準」という視点から各氏の発言に触れてみたい。

一人目は三菱ケミカルHD社長の越智仁氏である。既に三菱ケミカルでは4000人の管理職を対象としてジョブ型雇用を導入したとのことで大変興味深い。「あらゆる仕事でプロフェッショナルが必要になる。労働時間や勤続年数でなく、成果に応じて対価を支払うジョブ型が適している」と述べられている。この通りだと思う。但しその時「カギを握るのは中間管理職」、「中堅や若手のアイデアを採用していくリーダーシップが必要」で「成長機会を提供できる人事制度を作っていけるかが企業の競争力を左右する」と結ばれている。「成果に応じて対価を支払うジョブ型」を中心に据えた人事制度を導入されたのであれば、人事管理の基本構造を「ジョブ」(仕事・役割)にしたと理解できる。ジョブが明確に定義されていれば、中間管理職も定義に基づいた職務遂行が求められるだけであり、カギを握るとすれば、中間管理職が定義通りやれているかどうかを判定するその上の経営層であると言える。また「中堅や若手のアイデアを採用していくリーダーシップ」は明確化された「ジョブ」の定義に盛り込まれているべきもので、ここでジョブとは別の基準を設けるようなことは、ジョブ型雇用の人事管理システムとは言い難い。ジョブの明確化のための考え方・手法・技術への理解が進めば、このような人事管理の基本構造を決める基準に曖昧さはなくなっていくと考えられる。

二人目は経営共創基盤グループ会長の冨山和彦氏である。「産業の新陳代謝が激しくなるなか、1つの会社がジョブを守り切ることは難しい。企業間の労働移動を促し、転職した場合でも給料が減らずに公正な評価が得られるようにすることが重要だ」と述べられている。流石に企業再生に携わってきた方らしい慧眼である。ただ「現在は『GAFA』に代表される知的生産物を生み出すビジネスモデルが主流となった。企業の形も強い『個』を軸にしたものに変わっていく。必然的にジョブ型にならざるを得ない」と発言されておられるが、ジョブ型雇用と強い『個』を結びつける必然性はない。様々な企業があるので、「強い個」を基準とする人事管理の構築を希望する企業があることは否定しない。しかしもっと地道にものづくりを進めたいと考える企業、あるいはチームで仕事を進めて行きたい企業もある。それらの企業においてもジョブ型の人事制度は力を発揮する。そのような経営の意図をジョブに盛り込んでいけばよいのである。この場合もジョブの明確化の手法がものを言うことになる。

3番目はリンクトイン日本代表の村上臣氏である。「年功序列や年次主義など不透明な評価基準が文化として残ってしまえば、グローバルの転職市場で日本企業は優秀な人材を獲得できない。それどころか海外企業と同じようにジョブ型で働く人が増えると、優秀な日本人が評価基準が透明な海外企業に流出しかねない。企業は形だけジョブ型にするのではなく、企業と従業員がフェアな関係になるような透明性の高い人事制度の構築が不可欠だ」と述べられている。その通りだと思う。人事管理の基本構造を決める基準を明確にするということは、人事制度を透明にする基盤を作ることを意味し、社員に説明できるものとなる。特に評価基準の不透明さは、いま企業が求める人材が一番嫌がる人事制度である。従来の日本的人事制度の特徴的な点は、能力評価基準と称しその実上司の主観的・情実的評価を正当化してきたことである。今その是正が求められていると言える。

最後はリクルートワークス研究所主任研究員の中村天江氏である。「中小企業や在宅勤務の生産性を高めたいだけの企業にとっては、ジョブ型の職務分解や職務記述書の策定が大きな負担になる」という指摘は中小企業だけでなく、大企業においても導入反対論の主流であった。公平な処遇の基盤としての職務記述書の整備が「負担になる」という理由で否定されてきたのである。しかし職務分析の進め方・職務記述書の在り方等負担を軽減するやり方は様々あり、過去の印象で未だに職務の明確化を否定し続けることは、人事管理の基本を考える上では残念なことである。その後同氏は「組織内の従業員それぞれが担う役割を決め、日々のマネジメントや評価、処遇との連動を強化する『役割型雇用』で十分だろう。これは人材を起点にしている点で『日本的ジョブ型雇用』と呼べる」と述べている。これは実質「職務記述書」作りと変わらない作業をやると言っているようにも受け止められる。「役割型雇用」のこれ以上の説明がないので詳細なコメントはできないが、気になるのは「人材を起点にしている」という表現である。これが従来の日本的人事管理の基本にあった属人的要素を評価の基準にすると言うことであれば、「ジョブ型雇用」という名で過去のやり方を踏襲するということになりかねない。

「人事管理の基本構造を決める基準」作りという視点からは、「ジョブ型雇用」の議論が活発化してきたことは、日本の人事の在り方を転換する大事な機会と言える。役割・職務を基準にすることの合理性・必然性への理解が進んだ状況では、次に職務の明確化のための考え方・手法を習得し、現実的に人事管理の在り方を変えて行くことが求められていると思う。

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