職務設計から考える人事制度-スキル評価は経営計画達成につながるか?- 三井住友海上の「スキル型人事制度」を考える
前稿の「職務設計から考える人事制度-優秀な社員が活躍できない理由は何か?-」では、日本企業の人事制度において、職務の内容や期待成果を明確にすることよりも、社員の能力やスキルを評価することが先行しがちな問題を取り上げました。今回は、三井住友海上が公表している「スキル型人事制度」の事例を手掛かりに、経営戦略と職務設計、そしてスキル評価の関係について考えます。
ここで取り上げるのは、特定企業の制度の良し悪しを判定することが目的ではありません。公開されている説明をもとに、スキルの定義・評価が、どのように職務上の責任や期待成果と結びつき、経営計画達成に貢献する仕組みとなるのかを考えることが、本稿の目的です。
スキルを可視化することには、人材育成や適切な人材配置などの面で意義があります。しかし、スキルを定義し評価することと、そのスキルを生かして経営計画達成に貢献する職務を設計することは、同じではありません。この二つをどのように結びつけるかが、人事制度を考えるうえで重要な論点となります。
前稿で日本の企業の多くが人事評価を能力評価基準を中心に行っていることの問題点を指摘しました。能力とは何かという問題提起も含め、人事制度の中で能力をどのように位置づけるかを経営の視点から考え直すことを提案させて頂きました。概念的な議論では理解しにくいところがあるので具体的な題材で、再度この問題を取り上げます。
丁度今年の9月15日付け「日本の人事部」のインタビューで三井住友海上が2025年4月に導入した「スキル型人事制度」の紹介記事が出ていたので、この記事の内容を検討してみたいと思います。大変興味深いのは冒頭「現在の人事制度で、中期計画を達成できるのか」という経営陣からの問いかけをきっかけに人事改革が始まったと述べられていることです。経営陣が人事制度と経営計画との連動性を意識していることは大変重要なことだと思います。説明内容によると「同社は各部門が2030年を目途とした目指す姿を描き、そこから必要な『プロ人財』を定義し、そのミッションや業務遂行に必要なスキルを明確にするという手順を採用しており、約800種類のスキルを整備し、ジョブ区分やジョブグレードも設けている」とのことです。
中期計画を達成するための、2030年における目指す姿を描くところから出発しているのは理に適っており、制度設計に経営戦略や職務との関係に触れられていることから設計の手順としては順当なステップと思われます。しかし問題はスキルを定義することと、職務を設計することは同じでないということであり、何を先に考えるか、そして何を最終的な基準にするかにあります。経営陣の問題意識はまさにそこにあるのではないかと考えられます。
次のような疑問が思いうかびます:
部門の目指す姿を実現するために、各職務が担うべき具体的な役割・責任・期待成果はどこまで明確になっているのか。
定義されたスキルは、職務の遂行と成果にどのように結びついているのか。
スキルの習得・発揮を評価することによって、仕事の設計や組織の分担そのものを改善する仕組みがあるのか。
スキル評価の結果が良好でも業績が改善しない場合、評価基準だけでなく職務設計を見直す仕組みがあるのか。
これらは制度の実効性を検討するための重要な論点です。定義されたスキルが、経営戦略に基づき設計された「職務」にどこまで結びついているのかを問うことが求められます。
インタビュー内容の中で「変化が激しい現代に職務内容を記述したジョブディスクリプションを頻繁に書き変えて行く維持運用の難しさや、硬直化のリスクもあることが分かりました」とありその後に「経営と連動したジョブ型、変化に柔軟に対応できるスキル型を組み合わせた独自のスキルを重視した人事制度を目指すことになりました」とあります。
この説明からは、スキルを通じて職務や仕事のあり方を継続的に見直そうとする意図がうかがえます。一方で、スキルの定義と職務設計との関係、特に各職務の役割・責任・期待成果がどのように明確化され、それらとスキル評価がどのように結びついているのかについては、インタビューの説明だけでは十分に把握できません。職務内容を頻繁に記述し直すことが難しいという問題意識からスキルを重視する制度を構築したとしても、スキルの定義と評価が職務の役割や期待成果に代わるものになってしまえば、経営戦略と人事制度を結びつけるという当初の目的が十分に達成されないおそれがあります。
スキルの定義として次のような記述があります。「スキルは仕事そのものを再定義し続ける仕組みの中核要素。職務スキルは各部門(ジョブ区分)の目指す姿を起点に作成するプロセスを踏む⇒絶えず「目指す姿」「職務スキル」を見直し、仕事を再定義し続ける仕組みを実現する」とあります。従って頻繁に仕事を再定義しスキルも見直すということであり、「ジョブディスクリプションを頻繁に書き変えて行く維持運用の難しさ」の問題はどのように回避するのか気になるところです。
一番気にかかるところは、「目指す姿」「職務スキル」を絶えず見直しとありますが、この時の「職務スキル」を「目指す姿」との関係でどのようなメカニズムで作成するのかが説明されていないことです。これは大変重要なことです。職務スキルとして例に挙げられている営業部門の「マーケットを創出する力」は、文字どおりには能力を表す概念です。しかし、経営上重要なのは、その能力を評価すること自体ではなく、それを通じてどのような市場を開拓し、どのような事業成果を実現することを期待しているのか、という点です。
もちろん、市場の創出には時間を要し、外部環境など本人の能力だけでは左右できない要因もあります。そのため、最終成果だけで評価すればよいということではありません。問題は、期待する成果を明確にしたうえで、その実現に必要な職務上の責任や具体的な行動を定め、成果とスキルの発揮状況を関連づけて評価する仕組みになっているかどうかです。
仮に、マーケットを創出できなかった場合でも、スキルの評価は高いという結果が出るのであれば、その評価が経営計画の達成にどのように貢献するのかを説明する必要があります。
スキルを評価することが目的化し、職務の期待成果との関係が曖昧になってしまえば、評価制度は経営の成果から切り離されてしまいます。
経営者の仕事は、人材を格付けすることではなく、人材が価値を生み出せる仕事と組織をつくることです。スキル評価が有効かどうかを判断する基準も、評価項目が細かく定義されているか、評価が客観的に行われているかだけではありません。その評価を通じて、人材が仕事で価値を生み出し、経営戦略の実現に貢献できるようになっているかどうかです。

